ゲートの外から来た男

土曜の昼、ゲートの前で叫び声がした。
「これが国営恋愛牧場だ! 税金で建てた人口工場!」
スマホのジンバルを構えた男が、ゲートの外側から声を張り上げていた。登録者数二十万人の都市系ユーチューバー、タカマツ。住民の知人を装って一度は中に入り、街並みを撮影してから、警備に気付かれて押し戻されたところらしかった。
その日の夜には、動画は二百万回再生されていた。コメント欄は荒れていた。「気持ち悪い」「ディストピア」「俺たちの税金で恋愛させるな」。一方で、別のコメントもあった。「家賃四万円なら住みたい」「結婚できなかった三十代を見捨てた国が、やっと何か作っただけだろ」。
カイは食堂のテーブルで、その動画を黙って見ていた。隣には三上夫妻と、コワーキングで知り合った住民が三人。誰もしばらく、しゃべらなかった。
最初に口を開いたのは、葵だった。
「笑ってる人たちって、家賃十八万円のワンルームで、孤独に暮らしたことがないんだと思う」
翔が頷いた。三人の住民も、無言で頷いた。
カイは、二週間前にユイから聞いた台詞をそのまま引き継いだような葵の言葉を、不思議な気持ちで聞いていた。この街では、誰かの言葉が、誰かの口を借りて、二週間遅れで戻ってくることがある。それは設計だろうか、それとも、ただの暮らしだろうか。
夜、カイはユイの部屋のドアをノックした。
「炎上、見ました」とカイは言った。
「見ました」とユイは静かに答えた。彼女は眼鏡を外していた。
「設計者って、こういうとき、どう思うんですか」
ユイは少し考えてから、「半分は腹が立って、半分はほっとしてます」と答えた。
「ほっと?」
「外側から見て気持ち悪い、と思われている街は、まだ、外側を持っているということです」と彼女は言った。「気持ち悪い、と誰にも思われなくなった瞬間、私たちは、街じゃなくて国になります」
カイはしばらく、その言葉の意味を考えた。考えているあいだに、隣の部屋から、彼女が淹れる紅茶の匂いが、薄く廊下に流れてきた。