第09話
告白

拓也はようやく椅子に座った。両手で顔を覆い、長い沈黙のあと、低い声で語り始めた。
「事故のあと、玲子の意識が戻らない半年間、俺は本当におかしくなりかけてた。病室で、君に話しかけ続けることしかできなかった」
玲子は黙って聞いていた。千夏も、視線を膝に落としていた。
「あの施設で、千夏さんに偶然出会ったとき——彼女、ちょうど記憶を失っていて。担当の医師に、回復のために『穏やかな日常の記憶』を与えるリハビリがあると聞いた。最初は本当に、彼女のためのつもりだった」
「でも、玲子が目を覚ましたあと、君は変わってしまっていた。仕事、社会、責任。全部背負って、強くなりすぎた。俺は——昔の、笑っていた頃の君が、どうしても、こっちに残っていてほしくて」
拓也の言葉は、最後にぐらりと崩れた。
「俺は、君を二人にした」
千夏は震えながら顔を上げた。「わたしは、誰の代わりだったんですか」
拓也は答えられなかった。
玲子は、ひどく冷静な声で言った。
「拓也さん。あなたが弱かったのは、もういい。でも、千夏さんを巻き込んで、彼女の人生を上書きしたことは、許さない」
そして、続けた。
「明日、千夏さんが弁護士と一緒に、施設の契約解除と、あなたの責任の整理に行きます。私はもう、あなたの妻として、あの空席に戻ることはありません」
拓也は、声を出さずに泣き始めた。それは、玲子が結婚生活で初めて見る、夫の素顔だった。