第08話
入れ替わり

水曜の夜、玲子は早く帰宅し、ダイニングの照明を一段だけ落とした。テーブルには三人分のカトラリー。グラスには冷えたミネラルウォーター。
千夏が来た。ベージュのワンピースを脱ぎ、玲子の選んだ濃紺のシンプルなセットアップに着替えていた。髪も、玲子と同じ低い位置でひとつに束ねている。
「これでいいですか」と千夏が小さく訊く。
「うん。あなたは、あなたのままで十分。ただ、私と並ぶ位置に座って」と玲子は静かに答えた。
二人は向かい合わず、隣り合って座った。テーブルの正面、空席は拓也のためだ。
二十時三分、玄関の鍵が回る音がした。スーツの肩に冬の冷気をのせた拓也が、ネクタイを緩めながらリビングへ入ってきて——
そして、立ち止まった。
ダイニングテーブルに、二人の同じ顔の妻が座っていた。
拓也の鞄が、ひゅっ、と音を立てて床に落ちた。
「ただいま、拓也さん」と玲子が言った。普段と同じ声色だった。
「お帰りなさい、拓くん」と千夏が言った。これも、千夏のいつもの声だった。
二つの声が、同じ部屋で、同じ顔から発せられた。拓也は壁に手をついて、自分の喉を押さえた。
玲子は穏やかに椅子を引き、向かいの席を彼に示した。
「座って。今夜は、長い話をしましょう」