第07話
手紙

夜更けの書斎で、玲子は便箋に向かっていた。最初の三枚は、すべて破った。怒りでも悲しみでもなく、相手を傷つけない言葉を選ぶのに時間がかかった。
四枚目で、ようやく書き出すことができた。
『千夏さんへ。突然のお手紙、お許しください。あなたの本当のお名前は霜村千夏さんです。あなたが「自分の人生」だと信じている記憶の多くは、私の人生から借りられたものです』
『私はあなたが嫌いではありません。むしろ、ずっと観察してきて、あなたが優しくて穏やかな人だと知っています。だからこそ、これだけは伝えなくてはいけません。あなたは、誰かの代わりではない人です』
玲子は何度もペンを止めた。それでも書き終え、封をした。
翌週末、川沿いのカフェ。玲子は美咲のふりをやめ、自分の戸籍上の名前を書いた名刺を、手紙と一緒に千夏の前に置いた。
千夏は名刺を見、それから玲子の顔を、長い長い時間見ていた。
涙は出なかった。代わりに千夏は、震える指で自分の頬に触れた。
「ずっと、誰かに会ったような気がしていました」と千夏は呟いた。「鏡の向こう側に、本当の私が、ずっと立っているような」
玲子は手紙を差し出した。
「読んでください。読んだあとで、もしよければ、もう一度会ってください。私の家で」
千夏は手紙を受け取り、ゆっくり頷いた。