それでも、会える街

数年が、過ぎていた。
センダガヤ・ネストの最初の子どもたちが、街の中の小学校に入学する春だった。中央広場の、かつてフィールドだった四角い芝の上に、三上夫妻の子どもがランドセルを背負って立っていた。葵がスマホを構え、翔がしゃがんで目線を合わせていた。
カイは、ベンチに座っていた。隣には、出張から戻ってきたばかりのユイがいた。
「大阪のほう、どうですか」とカイは聞いた。
「進んでいます」とユイは答えた。「次の街には、退去者のための章を、ちゃんと入れました。栗原さんの台詞、設計書に脚注で引用しました」
「本人の許可は」
「取りました。彼、いま大阪のチームでデータ分析をしてます」
カイは少し笑った。退去した人が、次の街の設計者の一人になっている。それは、第一期センダガヤ・ネストの一番うまくいった失敗かもしれなかった。
街は、批判を浴び続けていた。「数字を上げただけの実験」「子育て世代を優遇しすぎ」「監視都市の前例」。一方で、新しい都市実験は、大阪・福岡・札幌で同時に始まっていた。それぞれの街は、千駄ヶ谷で起きた失敗をすべて知った上で、少しずつ違う設計図を引いていた。
入学式の鐘が鳴り、子どもたちが歓声を上げた。葵が手を振り、翔が泣きそうになり、三上夫妻の子どもが照れて顔を伏せた。
カイはユイのほうを見た。
「ユイさんが設計したのは、結局、何だったんですかね」
ユイは少し考えてから、答えた。
「私は、結婚を増やす街を作ったつもりでした。でも、できあがったのは、人が人に会う時間を、ほんの少しだけ取り戻す街だったんだと思います」
カイは、芝の上で走り回る子どもたちを見ながら、続きをそっと言葉にした。
「この街が産んだのは、子どもだけじゃない。人が人に会う時間だったのかもしれない」
ユイが、横で小さく頷いた。
ニュースアプリが通知を出した。「大阪・福岡・札幌、第二期都市実験、入居受付開始」。カイは通知を消し、代わりに自分のAI絵本サービスのダッシュボードを開いた。新しい絵本のタイトルは、「えらばなかったほうの、ぼく」のシリーズ第二巻、「あえなかったほうの、きみ」だった。
ベンチの隣で、ユイの肩が、ほんの少しだけカイのほうへ傾いた。
春の風が、芝の上を通り抜けていった。